2008年4月28日 (月)

甲子園のチケット欲しい人~!

毎年恒例ですが
阪神タイガースの
甲子園での試合のチケットが
手に入りました。

対 横浜
5月11日(日)
14:00~
ライト外野指定席

2枚あります。

欲しい人は塾長まで。

前にもらった人は遠慮してくださいね。

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2008年4月26日 (土)

卵焼きプライパン

これは、5月号のサークルニュースに載せた私のコラムです。

ずいぶん前に、私が小学2年生ときに、
母親にのせられて、公文式をはじめたという話を、
このコラムに書きました。

今年度に入り、
「国語の森」という
小学生低学年向けの授業を担当しています。
自分の小学2年生のころを思い出して、
こんな感じで勉強していたら、
今頃もっとかしこくなれたかなぁと思います。
今回は再び、私の小2のころの話を書きたいと思います。

私には2歳年下の弟がいました。
私が小2のとき、弟は幼稚園の年長でした。
堺東の「花田口聖母幼稚園」に通っていました。
塾生の中にも、ここに通っていた生徒がいるようですね。

弟はその年長のときに、
風邪をこじらせて肺炎になりました。
ネツがあるのに、家で暴れまわっていたからです。
すぐに入院することになりました。
入院先は「大阪労災病院」でした。
母は付き添いで病院に入り、弟の世話をしていました。
家では私と父と祖母の3人になりました。
母は、毎日帰ってきては夕食の用意などの
家事をして出て行きました。
朝食は祖母が作ってくれていましたが、
母の朝食に慣れていた私は、
少し物足りなく感じていました。

しばらくして、弟は肺炎をこじらせて髄膜炎になり、
高熱を出して意識がなくなりました。
どうやら病院でも暴れていたようです。
意識が戻ったときには、
それまでの記憶が消えていました。
自分に向かって「コレ誰?」と聞いてくる弟を見た母は、
胸が押しつぶされそうになったに違いありません。

母はますます家に帰りにくくなり、
そのころ、私も喘息を出して、
親戚の家に預けられるようになりました。
父は、中小企業の社長をしていて、
忙しい毎日を送っていました。
今なら、その当時の父をとてもよく理解できます。

喘息が治り、父が親戚の家に私を引き取りに来ました。
帰りの車の中で、
「ウチ、おばあちゃんとお父さんだけやからなぁ。」
と、ボソッと私に言いました。
寂しいという意味だと私は理解しました。

私は母から朝食の作り方を教えてもらいました。
といっても、ご飯の炊き方、味噌汁の作り方と卵焼きの作り方です。
私は毎朝、6時ごろに起きて、台所に立ち、朝食を作りました。
身長が低かったので、
幼稚園児が座るような小さい椅子を台にして
コンロで味噌汁や卵焼きを作りました。

卵焼きには、砂糖を入れたり、
しょうゆを入れたり、塩を入れたりしながら、
一番おいしい卵焼きを作りました。
山芋を摩り下ろしたものを入れると、
やわらかくて、弾力のある卵焼きが作れることもその時知りました。

私が作った卵焼きはとても甘かったはずです。
父は「お前の卵焼きは甘いなぁ~」と
言いながら食べてくれていました。
豪快で偉そうで、常に不機嫌そうな顔をしている父でしたから、
そのときの笑顔は今でもはっきり覚えています。

今私が担当している小2の生徒が、
家で朝食を作っていたとしたら、
保護者の方たちは愛おしくてたまらないと思います。
そんな年齢だったんだなぁと、
教えている生徒達を見て最近よく思います。

誕生日が近づいたある日、
母は私にプレゼントに何が欲しいかを聞きました。
実はウチには、誕生日を祝うという習慣がありませんでした。
父の日や母の日やクリスマスにプレゼントを
渡したことももらったこともなかったのですが、
弟にかまってばかりだったため、
負い目を感じていたのかもしれません。
当時、ファミコンが発売されたばかりで、
そういったものを欲しがっていると思ったのかもしれません。

私は「自分専用の卵焼きフライパンが欲しい」と言いました。
家のフライパンは、油でギトギトで焦げやすく
使いにくかったのです。
真っ赤な、自分専用の卵焼きフライパンを買ってもらいました。

弟が退院してからは、私は朝ごはんを作らなくなりました。
母が、今でもそのフライパンを持っています。

今から思うと、随分タフな小2だったと思います。
しかし、いろいろとやってみると、
案外なんでもできるものだなぁと思います。
実は、この当時、習字、スイミング、公文式という習い事をしていました。
スイミング以外の二つは、親が決めてきたものではなく、
自分でどこの教室に行きたいということを伝えて始めたことばかりです。
そして、その主体的にアレコレと自分で決めて動くというクセは、
今になって大きく役に立っていると思います。

小学生の生徒には、よく、「自分のことは自分でしよう」
と伝えています。もちろん中学生にも言っています。
最近、親任せ、人任せのような、
自己管理が甘い生徒がだんだん高年齢化しているようです。

子どもを「自立させる」。
そして、自分の能力を社会に役立てるということが
教育の目標だと思います。
子どもたちに自立させる機会をたくさん持たせると、
勉強もスムーズに進められるようになります。
釈迦に説法かもしれませんが、
どうか、「自立させる」という目線をお忘れなく。

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2008年4月18日 (金)

授業参観

今日は五箇荘中学校の授業参観に行ってきました。
今年は校長先生が変わったので、
その挨拶にも伺いました。
前任の校長先生のときも
授業参観のときに始めて挨拶したと思います。

今年は校長先生だけでなく、
新しい先生が多かったですね。
初めて授業を見る先生の中には、
「いい授業をするなぁ」と思う先生がいました。
ナマイキなこと言ってるかも知れませんが、
やっぱり、塾の先生としては、
教えることに関しては負けられないですから。

お声かけくださいました保護者の皆様、
ありがとうございます。
思わぬ出会いもあり驚きました。
世間って狭いですね。

五箇荘以外の中学校も
予定が合う限り伺います。

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2008年4月14日 (月)

佐賀に

出張に行ってきました。
西は鹿児島から北は福島まで、
全国の塾長が30名ほど集まっての勉強会。
2005年の1月から参加しています。

年に3回勉強会があって、
そのたびに、それぞれの塾がどのように
過ごしているかを確認しあいます。
すぐれた取り組みをしているところはどこか?
お互いどのような経験値を積んでいるのか?
どのような本を読んでいるのか?
どんな本や教材を出版したか?などなど
みんなすぐれた塾長ばかりでとても勉強になります。

目標にできたり、競い合える仲間がいると
自分を上手に成長させることができます。
また、時間や経験を共有することで、
信頼関係を築くことができます。

意外と身近なところに
そういう友達はいるものです。
探してみましょう。

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2006年1月 1日 (日)

新年の誓い

皆さん、新年の誓いは済まされましたか?
受験生だけではなく、誰でもが1年のうちで一番
やる気に溢れるのがこのお正月ではないでしょうか?

とても個人的な話で恐縮ですが、先月の16日にとうとう
30歳になりました。なってしまいました。
別に、特に30歳を何かのゴールとして設定して
生きてきたわけではないので、
たいした実感もなく、毎日変わらず過ごしております。

去年1年間は私にとって1つのいい面と1つの悪い面が
大きく反映された1年だったように思います。
私のいい面とは、とにかく行動力があることで、
興味のあることがあれば、労を惜しまず足を運び、
人とお会いしたり、情報を得たりしながら、
自分の成長の糧にしています。年末に会った幼馴染に
「その行動力の一部をプライベートに割いてみたら?」
と言われたくらいです。
そして、その行動力で、北は福島県から南は沖縄県まで、
様々な塾長さんや、教育関係者、コンサルタントや、
異業種の方まで今までにない人脈を、築くことができました。
これら、たくさんの方とお会いして得た情報や、
勉強させてもらったことは、今後の学習サークルの
コンテンツとしてどんどんと進化させていきます。

もうひとつ、悪い面は何かと言うと、
自己管理のルーズさです。
これは受験生にはかなり口すっぱく言っているので、
恥ずかしい話なのですが、去年は病気にさいなまれた
1年でした。2月頃に風邪を引き、受験生に心配をかけ、
春になると、肝臓をこわして38度の熱が2週間下がらず。そして、年末にはインフルエンザにかかってしまい、
授業に穴を開けてしまった上に、インフルエンザが治っても、
臓器の炎症が治まらず、年末から年始にかけてはひたすら
寝て過ごしていました。

開業してから1年目は、とにかく「こういう塾を作りたい」
という理想をひとつずつ実現させるために、
プリントを作ったり、授業の仕組みを整えたりするのに
必死でした。2年目は、少しでも生徒達に、良い環境で
勉強してもらえるようにということを意識して、

教室や事務所などの箱への投資、講師への投資に
忙しい年でもありました。この3年間の間に、
この堺市北東部という地域が、どのような公立中学があり、
それぞれのレベルがどんなものなのか?ということや、
中学受験や高校受験への地域の保護者の方への考え方
などがだいたい分かってきたために、また来年度から
新しく進化したコンテンツで発信していくことができると
確信しています。また、それを進化させていくためにも
しないといけないことがあります。
それは健康管理と上手な勉強です。

私の新年の誓いは、「この1年病気をしない。」ということと、
「新しく仕事に行かせるスキルを1つ身につける。」
にしたいと思います。実際、「英会話」と「スポーツジム」には、
去年から通っているので、それ以外で1つ身につけようと
思っています。

以前もコラムに書きましたが、自分が成長するには、
もちろん、学ぶ、習う、教えてもらうなどの「インプット」も
とても大切なのですが、それ以上に、そこで得た情報や
技術をいかに「アウトプット」するかが、ポイントになります。
分かりやすい例で言うと、いくら外人から英会話を習っても、
外人相手に実際にスクール以外で「話す」という
動作なしに英語を話すことは上達しないものです。

また、様々なビジネスに有利な情報を得ようとすると、
かけひきも大切なのですが(とても苦手なのですが)、
「この人と関係を持てると面白いかもしれない。」
と相手に感じてもらえるようになると勝手に人や
情報は集まってきます。そう考えると、
「面白いヤツ」と思ってもらえるように、様々なことを
学び、情報を得て、常に勉強し続ける姿勢があれば、
自ずと道は開けてきます。

2006年は、新しくアウトプットする年にしたいと思います。
そして、アウトプットして自分が枯れないためにも、
新しいことにさらにチャレンジしていきたいと思います。
2月に新しい学習サークルの説明会を行います。
ここでは、冒頭でも述べましたように、
外国人講師による英会話教室と、
新しいタイプの中学受験のコースを新設する予定です。
さらなる飛躍にご期待ください。

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2005年12月 7日 (水)

クリスマスが近づいてきました

もう12月に入りました。
1年は本当に短いものです。

僕は1年の中で年末の時期が好きです。
12月のちょうど中旬の生まれで、
その時期からクリスマス、年末までの町の風景が好きです。
我が家では誕生日を祝ったり、
クリスマスに家族で過ごすという習慣がなかったので、
サンタクロースの存在は最初から否定されてきました。
小学生の授業の中でこのような話をしたことがあります。
少し長いのですが、読んで感想などいただけるとありがたいです。

「サンタクロースはいる?」

塾に来ている生徒(小学生は4年生から)は、当然のように
「サンタクロースは実在しない」といいます。
ですから、フィンランドのサンタクロースオフィスの話
をするととても喜びます。

では、クリスマスとは何の日なのか、
イエス・キリストとは何をした人なのかという
話をすることになります。
そこで、「宗教」という言葉が出てきます。

日本は神の国です。
八百万の神がおり、歴史を紐解いてみても
古くから、呪術的な思想の多い国でありました。
僕のいる大阪の南部には秋には豊穣祭があり、
地車やらふとん太鼓やらが繰り出します。

人間の力ではどうしようもない自然の
圧倒的な力から神の存在を創造し、
畏敬の思いから宗教が発達してきました。

人には「正しい心」と「悪い心」があります。
性質として、「正しい心」はもともと強く、
「悪い心」は弱いのですが、すぐに大きくなります。

人には自然と上へ伸びていく力が備わっており、
年月が経つと、自然と這うようになり、
言語を認識するようになり、
直立歩行をして、言語を話しはじめます。
年を重ねていくに従い、上に伸びるのは難しくなります。
下が固まっていないと、上に積み重ねにくくなります。
受験などの壁ができれば、より強い、上に伸びる力が必要になります。

悪いことをすると上に伸びる力は横にそれていきます。
少々、横にそれても「正しい心」で元に戻ります。
「正しい心」はつねに「悪い心」を押さえたり、
横にそれていくのを元に戻したりする力として
機能しています。また、「悪いこと」と認識するだけの
「正しい心」がある人は、人前でごみを道端に捨てたり、
駅の自転車を盗んだりすることを「恥ずかしい」や
「みっともない」と思います。

誰も見ていないからといってごみを捨てたり、
軽い気持ちで万引きをしてみたりすることは、
もともと人が持っている、正しく上に伸びる力を、
自分で下げることになります。
つまり、自分で自分の力を裏切っていることになるのです。

仮に軽い気持ちで万引きをしてしまったとして、
初めてしたときというのは、すごくドキドキして
胸が鳴り、罪悪感にさいなまれることと思います。
ところが、この軽いつもりの「悪いこと」を
繰り返すうちに、「悪い心」はどんどんと大きくなり、
「悪いこと」がエスカレートして、
次第に罪の意識がなくなってきます。
これは「正しい心」が少しずつ小さくなり、
「悪い心」を抑えられなくなってきているのです。

「悪い」と思えるうちはまだ救えますが、
車の窓からタバコの吸殻を捨てるようになると、
人間、もう終わりだと言うことです。

昔の日本の家には鍵がなく、戸に「閉まっている」
という札や紙を貼ってあるだけのものでした。
月曜日に間違って散髪屋に言ってしまった人が、
「本日休業」の閉まっているシャッターを見て、
「本当に閉まっているのか?」とシャッターを
開けようと試みる人がいないように、
閉まっている戸を見て、閉まっている様子を見て、
「ここは閉まっているのだ」と、人の心に鍵をかけるのです。
昔の人の方が、現代の日本人よりも清貧で、謙虚で
人の良心を信じた行動をとり、神を信じ恐れたのでしょう。

人間、強くなれば悪くなり、賢くなれば汚くなりがちです。

誰も見ていなければ、バレなければ良いだろという
「悪い心」が巣食ったら正しい力が弱くなっている
ということを思い出しましょう。
誰も見ていないけど、自分だけは知っています。

サンタクロースも神様も姿は決して見せません。
しかし、ずっと見ています。見られていると
「悪い」は姿をひそめます。
クリスマスになるとサンタはトナカイの引くそりに乗って
世界中の「正しい」を鍛えた「よい子」にプレゼントを
くれるのでしょう。

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2005年10月25日 (火)

レンズふき

VFSH0272 今日、取引先の営業がウチの塾に来ました。

その時に、この写真の携帯につけるレンズ拭きを

おいていってくれました。

たいしたものじゃないですが、

10個ほどあります。

欲しい人は塾長まで。

数に限りがあるので、お早めに。。。

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2005年9月 5日 (月)

阪神戦のチケット

阪神戦のチケットが手に入りました。

9月19日(祝) 14:00試合開始

阪神甲子園球場

プロ野球愛好会レフト外野自由席入場券

2枚あります。

この日、塾は平常の授業が行われますので、

小5・小6・中1A・中2・中3Bの生徒はいけませんが、

その他の学年の生徒や保護者の方で、

このチケット必要な方、塾長までお願いします。

それから、ワールド牧場の無料招待券もまだあります。

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2005年6月22日 (水)

京都研修会と反日歴史教育

あるスタッフが教育実習の話しをしたときに、
ひょんなことから特攻隊の話題になりました。

わたしの祖父は満州で師団を率いる立場の隊長でした。
私の祖父は私の小学校の卒業式というめでたい日に、
それを見届けるかのように、なくなりました。
祖父の生前のことを詳しく聞けなかったことが
今でもとても残念に思うときがあります。
ところが、祖父と同じ隊にいた通信将校が、
兵庫県の赤穂市に87歳ながら、ピンピンしております。
めったにいけないのですが、時々訪ねては、
よく戦時中の話を聞きに行きます。
その話は想像を絶するほど壮絶で、
涙しながら聞く私に、「命懸けとったで~。」
と豪快に笑いながら話してくれます。

「特攻隊」と聞くと、現代のほとんどの方は、
「『国のために死ね。』と無理やり教育され、
 イヤイヤでも特攻機に乗らないと仕方なかった。」
と思うようです。

そのような話ももちろん、間違いではないのだと思います。
ただ、そうじゃない見方もあることを、
その通信将校の方から教わりました。
「特攻隊とは、子をもつ母のような心境なのだ。」と。

私は、現在塾で95名の生徒を預かっていますが、
みんな本当に一生懸命にがんばる生徒たちで、
とてもかわいい存在です。
この子達のためなら、自分の犠牲も厭わないところがあり、
それが裏目に出て、先月、医者に「白血病の可能性あり」
といわれてしまいました。血液検査の結果、ただ単に
肝臓を壊しているだけだったのですが。

そして、血のつながっている親であれば、
私より子供たちをいとおしく思うのは、よくわかります。
先の通信将校は、その母親の心境なのだというわけです。

戦前の日本には「修身」とい科目がありました。
これは、一昔前の道徳教育に似ていると言われますが、
つまり、身を修める。日本という社会に生まれて、
社会人として巣立っていく際に、どのように自身を
社会に貢献させるのかという考え方を育てる教科でした。
あやふやな個人主義が跋扈する現代の日本には、
参考になる話がいくつもあると私は思います。

http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/siso/shushin.html

その修身の教育を受けた青年たちが書いた手記を
私は父から15歳のときに与えられました。
「死にゆく二十歳の真情」という本です。
また、さまざまな資料を読み、祖父の元部下であった
通信将校の「母の心境」がよく理解できます。

自分が特攻して、米軍艦を沈めなければ、
上陸した米軍の餌食になってしまう。
日本の戦局がこれ以上悪化して、故郷の親兄弟、
親戚、近所の方々、学校や村の仲間の将来が
消えてなくなってしまうと思うわけです。

目の前に自分の子供が溺れていれば、
自分が泳げなくても、飛び込んで助けようとするのが、
子を持つ母の心情だとすると、
特攻隊の青年たちも、将来の日本に生きる
小さい弟や、その親たちのために、
そして、その故郷のために、「日本を守ろう!」
という気持ちが、特攻隊に志願させた。そういう面が
あることも、伝えていかなければいけないと思います。
これも「死にゆく二十歳の真情」に書かれていました。

ある高校生が、日本史の授業が始まるときに、
「また日本の悪口か」とこぼしたそうです。
これは戦後、GHQの指導により、戦争に負けた責任を
押し付けられたことと深い関係があります。

「歴史を学ぶ」ということは、現在の常識で過去を裁く
ためではありません。その当時の文化を学び、
背景を学び、歴史のターニングポイントで人物は
いかに考え、判断を下したのか?そして、そこから
学び、同じ過ちを繰り返さないためでもあります。

私は、城郭、寺院めぐりがとても好きで、
先日沖縄に出張で言った際も、2つの城跡を見学しました。
同じ場所で、同じように見える空、海、気候で、
数百年前の人々は何を思い、どのような生活をしたのか?
悠久の時空に思いをめぐらすのは、
とてもロマンにあふれることだと思います。

今回の京都研修会は、これから中学2年生が学ぶ予定の
豊臣秀吉の正室ねねの終焉の高台寺を回ります。
そこで、お抹茶の飲み方を学習し、
当時の人たちが興じた娯楽を学んだりします。
当時から変わらぬ建物で、当時の高貴な気分を
味わってもらいたいものです。

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2005年5月 1日 (日)

脱・ニート予備軍

ニートという言葉をご存知でしょうか?
NEET(Not in Employment, Education or Training) 
「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」
という意味です。最近、増えてきており、
社会問題になっています。

今、学習サークルでは生徒懇談を行っています。
特に中学3年生の生徒と懇談をするときは、
「行きたい学校と、将来したい仕事を考えてから
 懇談に臨みなさい。」
と言ってから懇談をしています。
いいかげんに考えてきた様子が分かった生徒には、
「もう一度考えてきなさい。」と伝えて、
懇談のやり直しをしています。

中3の生徒にとっては厳しい内容で、おそらくどこの塾でも
こんなレベルではしていないだろうと思います。
なぜ、このようなことを今年から始めたのか?
少しお話したいと思います。

3月の小学生の最後の授業で、
「将来の夢」という作文を書いてもらいました。
そして、その内容を書いてもらう前に、
シアトルマリナーズのイチローが小学生のときに
書いた作文を読んでもらいました。
彼は、12歳のときにすでに18歳のドラフトでもらう
契約金の金額を決め、それを実現させるために、
1年中ハードな練習をしていたのです。そして、自分で
「これだけ練習してるから必ずプロになれる」
と言い聞かせていたそうです。
しかも、ただ盲目的にひたすら練習していたわけではなく、
全国大会に出場して、自分より上手な選手がいないことを
確認したり、スランプに陥ったときの解決策を
自分なりに見つけ出したりしながら、
「いける」という実感を育てていったそうです。

私は高校受験を
「人生で最初に自分の力で将来を選択する機会」
と位置づけ、生徒に話しています。
そして、出来るだけ早い時期に壁にぶち当たって、
それを乗り越えるという経験をしてもらいたいと思います。

人は、壁にぶつかると、取る行動は3種類に分かれます。
1.乗り越える
2.立ち止まる
3.壁を避けて通る

これは、4歳の幼児が友達関係でぶつかる壁も、
中年が仕事の付き合いでぶつかる壁もすべて同じです。
ただ、抱えているものの大きさの違いが、
問題の性質を複雑化しているだけで、
根本的な対処の仕方はなんら変わりありません。

これをテストで考えて見ましょう。
500点満点のテストで、250点をとったとします。
そして、この点数は本人にとって満足できない点数です。
乗り越える人は、間違え直しをして、分からないところを
先生に質問しに行き、問題を解決して、同じ間違いを
繰り返さないように勉強して今回のテストで
「250点しか取れなかった」という事実を
前向きに乗り越えるでしょう。

立ち止まる人は、悪い点を取ったと感じていながらも、
行動には出来ず、「次はいい点取りたいな~」と
頭で思いながら、ダラダラと日々を過ごし、
あっという間に次のテストになって
同じことを繰り返すでしょう。

壁を避けて通る人は、「自分は勉強には向いていない」
と決めつけ、テストに前向きに取り組まず、
落ちるところまで落ちてしまうでしょう。
そして、やりたいことが見つかった頃には、
勉強せずに問題を先送りしてきたことを、
大きく悔やまなければいけません。

壁にぶつかったとき、その人なりに考え、
行動し、乗り越えられたとき、初めて「経験」として
成長につながるのであって、この「考える」→「行動する」
→「結果を出す」というサイクルがその人の器を
大きくしていくものだと思います。

ある高校を選択するということは、
そのほかに合格するかもしれない数十校を
切り捨てるということであり、
まじめに考えて学校を選択したのであれば、
「あの時、もっと真剣に学校を選んでおけばよかった」
という後戻りのできない後悔はしなくてすみます。

また、見えないなりにも、自分で決めた将来に対して
アンテナを張って情報を集めていくと、
早い時期に間違いに気づいたり、別の自分に
向いてるものを発見する機会が増えるはずです。

与えられた環境でのほほんと過ごしてしまうより、
全力で「考え」→「行動し」→「結果を出す」。
そういう一年であってほしいと思います。

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2005年1月22日 (土)

日本型エリート教育の行き先

先日、小5受験の社会科の授業で
「産業の空洞化」という言葉を教えました。
今回はそれにちなんだ話をしてみたいと思います。

現代自動車という会社をご存知でしょうか?
現代と書いて「ヒュンダイ」と読みます。韓国の財閥です。
アメリカでは、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長中の
自動車メーカーとして知られています。

特にその売り上げの成長率は、かつての日本メーカーの
それをしのぐほどの勢いだといわれています。
トヨタがもうすぐGMを越えると言われていますが、
私としては、最近よく見かけるヒュンダイのロゴの車が
とても気になります。

中国では家電メーカーの競争が激化しています。
先日、IBMがPC部門を中国のメーカーに
売却したというニュースがありました。
ノートPCはずっとIBMを買い続けている私としては、
かなりショックなニュースでした。
WTOに加盟してからというもの、中国もすごい勢いで、
経済成長を遂げています。
中国には安い労働力があり、巨大なマーケットがあり、
日本以外の先進国もどんどん工場などを進出させています。

中国や韓国人の労働者はとても優秀で、
綿布が水を吸収するかのように、日本や外国の技術を
自国のものにし、安価な類似品を作って売りさばき、
このままでは、日本の製造業は中国や韓国に
キャッチアップされ、凋落の一途をたどるのでは?
というのが一般的な見方です。

これを教育の面から斬ってみると、
意外と面白い事実が見つかります。
かつての日本もそうでしたが、
現在の韓国や中国は、受験戦争が激しく、
エリート教育にかなり力を入れています。
現在の中国のトップグループと日本のトップグループとでは、
かなりの差がついてしまっているようです。
世界各国の中高生が集って数学の難問に挑戦するという
「数学オリンピック」というものがあります。
日本からは、開成、灘、筑駒などの受験エリートから
選出された者が参加しますが、
一度も中国に勝ったことがありません。

金メダルを取るのは中国ばかりで、アメリカ、ロシア、インド
などの代表チームも中国には歯が立たないのです。
そういう人たちが、中国のシリコンバレーと呼ばれている
中閑村ハイテクパークの中にどっと入り込んでいるので、
先進国からするとかなり脅威です。

ところが、これだけ頭のいい人材を擁した中国が
いまだに開発部門で日本をはじめとする
先進国に追いついてこない。これはなぜでしょう?

これはエリート教育に弱点があるのかもしれません。
つまり、暗記を中心に猛烈に勉強をさせて
知識を詰め込ませるという試験エリート育成教育が
子供たちに創造性をつけさせることができていないのでは?
ということです。

天才的な科学者のエジソンやアインシュタインは
いわゆる優等生ではありませんでしたが、
発明や発見に必要な仮説を立てる能力を兼ね備えていた
天才だったのです。
試験エリート教育は、学習能力は高くなりますが、
創造力を養うことにはなりません。

そして、自由な発想をする能力を鍛え、
創造力をつけさせるということは、
日本のゆとり教育のねらいでもあるのです。
これから必要とされる人材は、与えられる課題を着実に
こなせるだけでなく、何もないところから
何かを発明できる創造力の高い人になるでしょう。
日本のゆとり教育の「ねらい」は
意外と先進的なのかもしれません。
(実際の内容はちぃ~っとも伴っていませんが。)

先月号の内容と似てしまいますが、
受験勉強に追われるだけではなく、
得た知識をさまざまなことに応用してみましょう。
そして、自分は何に向いているのか、
どんなことをしたいと思うのかなどを考えながら、
得意なことを伸ばせるように興味の対象を
どんどん広げていってください。
そういったことのお手伝いも学習サークルでは
考えていきたいと思います。

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2004年9月22日 (水)

「アテネオリンピックとFor the flag」

盛り上がっていたオリンピックもついに終幕。
そして夏休みも終わり、2学期が始まろうとしています。

私はなぜか前回のシドニー大会よりも今回は熱心に
オリンピックに関する中継や報道を見ていたように思います。
史上最多のメダルを獲得したことや、
さまざまな舞台裏の話など、涙腺の弱い私は、
ついつい見入っては、ジーンとしています。

さて、今回はオリンピックを見ていて
思ったことを述べてみたいと思います。

表彰式のときに君が代とともに国旗が掲揚されるのをみて、
選手たちは胸に手をやったり、目を閉じたりして、
国旗に敬意を表します。
さまざまな選手のコメントにも
「日の丸を揚げたかった。」
「スタンドの日の丸に勇気をもらった。」
というものがあり、国を代表して日本人として
あのような舞台に立てることは本当にすばらしいことだと思います。

ところが、話は少しそれますが、
日本には「日の丸を揚げることに反対する」人たちがいるそうです。

私の友人が勤める学校でも卒業式で
日の丸を揚げるかどうかで職員室が2つに分かれて
かなりもめるようです。
あまり事情を知らないので無責任なことは言えませんが、
その話を聞いて、
「そういえば、最近は祝日に門や家の玄関に
 日の丸が揚がっているのを見なくなったなぁ。」と思いました。

私が子供のころは祖父の家では必ず祝日になると
家の門に日の丸をつるしていたのを覚えています。
近所でも同じようにしていたように思います。
実は国旗を各家庭が掲揚する習慣は、
1890年代の後半ごろからでき、
旗が並んだ住宅街では祝日を祝う雰囲気が
町中にあふれていたということだそうです。

実は今でもこの日の丸の掲揚を町全体で
行っているところがあります。
島根県益田市飯浦町です。
20年ほど前に老人会の方々が国旗の大切さを説き、
伝統を守り、今でも170世帯いっせいに、祝日に掲揚されます。

「日本人」であることを日本にいる間はなかなか感じませんが、
私の祖父のころは、
「祖先のために、家族のために、
 人のためにこの日本を良い国にしよう」
という気持ちがあったそうです。

私は、中学、高校、大学と体育会系のクラブに所属していましたが、
公式戦になると、観客席でチームの旗が広げられます。
同じ学校の友人の声援を受けると、練習のとき以上に
上手くいきそうな勇気が不思議と湧いてきます。
同じ学校の違うクラブが、他校と試合をしていたら、
もちろん、自分の学校を応援したくなります。

そうして、地元の学校の集まりから、
市の代表に選ばれ、地区大会、全国大会と進み、
甲子園の高校野球や、国立の高校サッカーのように
地元が盛り上がり、さらにその中でも
優秀な選手が日本代表として、
オリンピックなどの世界レベルの戦いで
日の丸を背負うということではないでしょうか?

そして世界で活躍する選手たちを見て、
世界の舞台での活躍を夢見る子供たちに勇気を与えるのでしょう。
また、そういったステージに立ちたいと思う子供が増えて、
スポーツ界全体が発展していくのだと思います。

我々講師の役割はというと、勉強することを通して
次の世代を背負う子供たちを育てていくことだと思います。

このお知らせの最初にも書きましたが、
学習指導要領の改訂で、今の小学生の教科書は、
我々が使用していたころの教科書の半分ほどの
厚さになっています。
学ぶことは少なくなり、学習時間も減り、
学力低下が進んでいるということは、
毎年、生徒を見ていて痛感します。

そこから世の中で、通用する人材を育てるために、
高い学力を身につけ、学習することの楽しさを求め、
学校ではできないさまざまな取り組みをしていきたいと
思っています。そして、そうした指導を受けた
卒業生の中から、社会で活躍する勉強でのオリンピックレベルが
育ってくれれば、とても塾講師冥利に尽きるものだと思います。

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